日記・コラム・つぶやき

家庭教育は親と子の「共育」

幼児のころから十分な愛情を受けられずに育った子供は適切な対人関係をつくる能力が育たず、自己中心的で他社への共感性が乏しく感情をうまく制御できない幼児性を残します。

子供が問題を抱えたときに親としてやってはいけないこと

命令、注意、説教、忠告、非難、侮辱、分析、激励、尋問、評価、遠まわしの表現。

親は「教える」よりも「育てる」ことを優先すべきです。言いたくなるのを抑えて、黙って聞いてあげる。共感してあげることが大事です。(o^-^o)

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我々が訪ねるべき本郷

霊界は、神様の天地原則である「ために生きる」生活をした人だけが行くところです。

そのような内容で形成された世界が、理想天国です。

そこが、我々人間が訪ねるべき本郷です。

今日、我々は堕落した人生として、本郷から追放された人間になったために、本郷の地に向かって帰るべき運命にあるのです。

しかしそこへは、その人間自体としては帰ることができないために、神様は、人間が帰ることのできる道を歴史過程に設定せざるを得ません。

それで、その民族の文化背景、風習、あるいは伝統が異なることによって、数多くの宗教を立てて収拾していきました。

そのように収拾するための訓練場として立てたのが宗教です。

ですから宗教は、本郷の地に入ることができる資格者を錬磨させる訓練場です。

そのような本郷の所へ導くべき宗教なので、宗教は何を教えなければならないのでしょうか。

「ため」に生きなさいということを教えざるを得ません。

ですから、高次的な宗教であるほど、「ため」に生きるべきだという原則を強調しなければならず、「温柔謙遜であれ」というのです。

数多くの人を高め、彼らのために生きる立場に立てというのです。

「犠牲奉仕せよ」と教えるのです。

その理由は、その国(本郷)の法度に合う訓練をしなければならないからです。

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人生最高の行くべき道

人生の行くべき道とはどのようなものでしょうか。

神様の愛を占領することが、人生の行くべき道です。神様の愛を占領することが、人生の行くべき最高の終着点です。この道は、男性も女性もみな行かなければなりません。すべての人がいくべきなのです。

人生の行くべき道は、無限であられる神様の愛を探すことです。十回でも百回でも、死の峠を経てでも、死んでも絶えず探していくべき、神様の愛を探すのが人生の最高の行くべき道です。

欲望の果てはどこまででしょうか。神様の愛を占領することです。神様を占領したといっても、その中にもっと貴いを占領できなければ、神様は自分の神様ではありません。それゆえ神様の愛を占領しなければなりません。さえ占領すれば、神様はいらっしゃらなくても構わないのです。

神様のものがわたしのものであり、私のものが神様のものになるとき、初めて内外が一つになるのです。そのような国が、上下の等級のない理想の本国になるのです。

そのような場で寝そべれば、天下にあるすべての存在が、よく見えないものがなく、天下にあるすべての存在が、自分のために存在しないものがないと感じられるのです。

そのようなものが神様の愛なので、今日人間が行くべき天上世界、すなわち天国は、で充満したところなのです。

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地上生活は霊界の拍子を合わせるための訓練場所

霊界はの成分で覆われている所です。地球は空気で覆われていますが、霊界はで包まれている所です。人間は、地上で、空気を吸ってガスを吐き出しますが、霊界ではを吸って生きるようになっています。霊界は、今日の人間の世俗的な愛を中心として授け受けするようになっていません。霊界で授け受けする愛は真なる愛なのです。

皆さんが霊界に行ってみれば、その世界は次のようになっています。すなわち、父母、兄弟姉妹、夫婦、子女に対するを十分にもった者、すなわち家庭生活で深いを経験した人は、多くの自由を享受することができるでしょう。

その人は、何の制限もなく、どこでも、どの方向にでも行くことができます。その反対にの経験が少ない人は心が狭く、霊界でも自分一人孤立していて自由が全くありません。

父子の愛縦的な関係であり、夫婦間の愛横的な関係であり、兄弟姉妹間の愛旋回して取り囲む関係なのです。この三つの関係は互いに異なります。ですから、地上でこの三つの互いに異なる方法で深いの経験をもってこそ、制限なしに縦的、横的に行くことができ、円形に旋回することができるのです。

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愛は相対から来るもの

は、一人では成されないのです。は、どこから出てくるのですか?「私」から出てくるのではなく、相対から来るのです。相対から出てくるので、「私」が頭を低くして相対のために尽くさなければならないのです。「ために生きる」という天理がここから生まれるのです。きわめて高貴なものが「私」のところに訪れるのですが、それを受け入れようとすれば、それを貴く思い敬わなければならないという「ために生きる哲学」を実践しなければならないのです。

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愛を中心とした創造本然の人生

人間というものが存在するようになった原因は何でしょうか。人間はから始まったのです。それでは、人間存在の目的はどこにあると思いますか。人間という存在の目的は、の理想を完成することです。人間がを原因として存在するようになったので、の基台を成して、拡張させ、連結して完成することが目的となるのです。

すなわち、出発がなので、目的もをもって到達しなければならないというのです。そのようにするためには、相対的関係にある男性と女性が愛を中心として一つになり、前後、左右、上下に連結できなければなりません。

幸福への処方箋

おすすめポイント:
「統一原理」を分かりやすくまとめた、真実に幸福な個人、愛に満ちた家庭、平和な社会・世界を実現するための手引き書 です。

幸福への処方箋

著者:野村 健二

幸福への処方箋

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人間はなぜ生まれたのか

私たちの生命の起源がどこなのかを考えるとき、生命が先か、が先か、ということが問題です。今までこれを見分けることができませんでした。

生命が先ではなくが先です。あとになったものは、先になったものに順応しなければならないので、のためには生命を捧げるのが当然なのです。このように収拾しておかなければなりません。そのようにすれば、人生を真に生きる道はどこなのかということが出てきます。

人生がから生まれたので、の道を行かなければならず、のために死ななければならない、という結論が出てきます。

小宇宙ではなく、大宇宙が歓迎できるを探して、神様が公認し、万物が、ひいては、父母が公認できる大宇宙のの中に生れ、その中でし、死んでいくのが人間が生まれた目的だとみるのです。

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家庭崩壊と人心の荒廃

先進国、開発途上国を問わず、世界で進行する家庭崩壊の問題は深刻だ。世界が抱える多くの問題の中で、本質的な意味では、この問題が、最も根が深いといえる。

なぜなら、家庭はモラルの習得場所であり、倫理の根拠地であるからだ。家庭が崩壊すれば、その家庭を構成する一人一人のモラルに甚大な影響を与え、心が荒廃する原因をつくってしまい、その結果、正しいモラルをもって社会生活を送ることができなくなる。

では、家庭のモラル崩壊とはなんなのか。それは、家庭での人間関係の希薄化、あるいは人間関係の崩壊を言う。夫婦関係、親子関係、兄弟関係における心情関係が薄くなる、お互いの思いやりがなくなる、さらに、意見衝突、協力関係の拒絶、憎悪、疑念、不信など、こういったことが頻繁に起これば、家庭は平和と憩いの場所ではなくなる。

つまりは、家庭における愛の喪失、信頼の喪失。こんな家庭で、人はどうやってそれを学び、体得することができるのか?そんな状態に陥ってしまった家庭に愛と信頼をとりもどすことができるのか・・・。

家庭再建の原理。それは「ために生きる」という生活原理。「ために生きる」という精神こそ「」とよばれるものの正体だ。夫は妻のために、妻は夫のために、親は子のために、子は親のために、そのような心情関係で親子が強く結ばれれば、家庭に、愛と信頼を取り戻せるだろう。

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家庭再建こそが世界を救う

世界的な経済混乱と人類の苦悩

金融危機、金融崩壊に見舞われている現在。実体経済にも大きな影響が表れている。電化製品・自動車・エネルギーなどを中心とした経済産業社会の仕組みが金融機構に大きく担われていることは否定できないが、その金融業界、すなわち銀行・投資銀行・証券会社、保険会社などに、サブプライムローン問題で象徴されるように、あくなき利潤追求の余り、モラルハザードが起きた。

ここ最近、言われ続けてきた「勝ち組」「負け組」といった競争至上主義、短期スパンで高利益を上げようとするハイリスク・ハイリターン型、レバレッジ効果型の利潤追求システム、ウォールストリート的金融工学の経済社会が、人間の精神を非常に利己主義的な状態へと追い込み、その結果、現在の世界的な経済混乱を招いている。

そこで考えなければならないのが、今後の経済の仕組みをどうするかという問題だ。究極的には、会社益、国益といったレベルを超えて、人類益、国際益のグローバルガバナンスを実現する経済システムの構築が不可欠だと思う。それは、人類を一つの家族とみる考えに基づくものである。言い換えれば。現在の経済混乱は、みんなが家族のように生きるという「家庭思想」の欠如がもたらしとも言えるのだ。

愛と信頼に結ばれて生きる「家庭」「家族」というシステム。一見、経済とは無縁のような「家庭共同体」「家族的心情組織」なるものに、理想的な経済システム構築のヒントが隠されているのではないか。

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アイスルジュンバン

おすすめポイント:
「愛する順番」というものがあると思う。結論から言うと夫が1番、子供が2番である。まずは「妻」を怠らないこと…。3人の子どもの母となった桜田淳子が、統一原理の教えに基づき、理想家庭を目指し、試行錯誤しながら、夫、子供に愛情を注いできた14年間を振り返る。

アイスルジュンバン

著者:桜田 淳子

アイスルジュンバン

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対立関係か相対関係か

この世のすべての存在をどのように捉えたらいいのか。物質中心主義、唯物思想の立場では、すべての存在物は対立物であり、対立関係にあると考える。一方、それと反対の考え方が、すべての存在物は相対物であり、相対関係であるという立場である。

あらゆる存在を対立関係と捉えるか、相対関係と捉えるか・・・。これによってすべてがちがってくるのだ。たとえば、心と体。心は善なることを求めながらも体は悪を行ってしまうといった矛盾や葛藤がある。しかし、真の人格者は心で思ったことを即行動に移す。

夫婦はどうか。対立すべきものだろうか。これも相対関係だ。しかし、唯物思想では対立関係となる。対立と闘争によってすべてが発展するという理論だ。戦争という対立、闘争によって今日の科学の発達があった。だから、対立が重要だと。

しかし、対立と闘争の果てには、崩壊があるのみだ。家の中で対立があれば、家庭崩壊、家庭解体となる。昨今の親殺し、子殺し等の恐ろしい事件は、存在を対立物とみる、そういう価値観が根幹にあるために起こるのである。

天地を貫く本来の道理は、すべての存在関係は相対関係にあるということだ。これこそがすべての成り立ちの根本なのだ。

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著者:江宮 隆之
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大正3年に朝鮮に渡り、日本統治下時代に、朝鮮の人々と共に、白磁など民芸品の中に朝鮮民族文化の美を見出し、広く紹介した浅川巧の生涯を描いた小説。
当時、ほとんどの日本人が、朝鮮の人々から憎悪の対象となっていた。が、浅川巧だけは、彼が住む町のすべての人々から慕われ、その名を知らない者はいなかったと言われている。それは、彼が朝鮮の人々を、そして朝鮮文化、朝鮮芸術に心心底愛したからに他ならない。

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