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我々が訪ねるべき本郷

霊界は、神様の天地原則である「ために生きる」生活をした人だけが行くところです。

そのような内容で形成された世界が、理想天国です。

そこが、我々人間が訪ねるべき本郷です。

今日、我々は堕落した人生として、本郷から追放された人間になったために、本郷の地に向かって帰るべき運命にあるのです。

しかしそこへは、その人間自体としては帰ることができないために、神様は、人間が帰ることのできる道を歴史過程に設定せざるを得ません。

それで、その民族の文化背景、風習、あるいは伝統が異なることによって、数多くの宗教を立てて収拾していきました。

そのように収拾するための訓練場として立てたのが宗教です。

ですから宗教は、本郷の地に入ることができる資格者を錬磨させる訓練場です。

そのような本郷の所へ導くべき宗教なので、宗教は何を教えなければならないのでしょうか。

「ため」に生きなさいということを教えざるを得ません。

ですから、高次的な宗教であるほど、「ため」に生きるべきだという原則を強調しなければならず、「温柔謙遜であれ」というのです。

数多くの人を高め、彼らのために生きる立場に立てというのです。

「犠牲奉仕せよ」と教えるのです。

その理由は、その国(本郷)の法度に合う訓練をしなければならないからです。

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